文芸誌『たまゆら』編集長の雑記帳

文芸誌『たまゆら』は30年以上続く老舗の文芸同人雑誌です。エッセイ、詩、俳句、短歌、小説、紀行文など、好きなジャンルで好きなように書く表現の場です。

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 昨日は朝から家にいた。土曜日なので町歩きに出かけたいところだが、前日から空模様があやしく、夜が明けると冬のような雨が降っていた。京都の冬の雨は底冷えを誘う霖雨である。表へ出ると傘なしでも駅までぐらい歩いていけそうな細かい雨が、気長に寒さを運んでくる。

 カーテンを開けると向かいの町家や寺の瓦屋根も道路も黒く濡れて光っていた。外出に不向きなのでいやいやながらパソコンに向かった。小説を書く。この春から文芸同人雑誌の代表をやっている。八十歳になった前代表が「あとはたのむよ」と引退し重い役目を任された。新体制での最新号を先月発行したがもう次の締め切りが迫っている。

 パソコンに向かうが気が乗らない。金曜日の遅くまで勤め先でメールやワープロの仕事をし、明くる日の朝にまたパソコンに向かうのはどうしても仕事の延長のような気がしてならない。そんな言い訳を呟いてみて、雨が上がったのを幸いに外へ出た。

 気分転換にあれをやってみた。目に入るものを口にすれば新鮮味のない風景も新たな発見がある、いつだったか新聞のコラムで読んだおまじないだ。犬、自転車、花壇、屋根なんでもいい、見えたら片端からものの名前を口に出して言うのだ。

 不思議なものでその言葉遊びをすると口にしたものの存在が際立って連想が起こるのだ。するといつもそこにある植木でも、誰それの家にも同じものがある、などと気づきに巡り合うから大したものである。

 わが町・伏見は古い町で、始まりは豊臣秀吉の一五九二年の城下町形成の頃に遡る。私の今住まっている町も十七世紀の初め頃までには古地図に現れている。

 さて歩く。寺があり、真言宗○○寺とあったのでそのまま口にした。次が京町家で何を口に出すか迷ったが虫籠窓(むしこまど)と言った。ベンガラ格子でもよかった咄嗟にそれが出た。虫籠窓は道路に面した二階部分の、白漆喰で塗り固めた太い格子窓である。京町家の定番だ。

 バス通りに近づくと駐車場が増えてきた。目に入るのは黄色の看板でありその下の精算機であり黄色の枠線である。精算機のそばにはまるで申し合わせているかのように缶ジュースの自動販売機が置かれている。駐車場やそれにまつわる構造物の言葉を何回呟いただろう。十分ほど歩いた中で十箇所は軽く越えた。駐車場はしかし古い町家と町家の間に、言ってみれば欠けた櫛の間の埋草のように造りこまれている。


 京町家は夏の暑さをしのぎやすいように土壁で囲い、高い天井の通り庭などが作られているが、そのメンテナンスの手間もお金も大変で経済的肉体的持久力がなくなってしまったお年寄りなどはどうしても手放さざるを得ない事態になっていると聞く。

 私が口にしながら歩いた駐車場の光景は図らずともひとつの予感を与えた。このまま人口が減り続けたら駐車場もいずれ淘汰され、草ぼうぼうの空き地になるのではないだろうか。いやその方がマシかも知れない。子供が虫取りに興じる遊び場が増えそうなものだからだ。いや、その前に子供がいるかどうか。そこが大きな不安材料である。